京都町屋で学ぶ、
昔ながらの暮らし 京都府・京都市下京区

京都市下京区
(鍵屋町)の
ある家の物語

京都の街を歩くと
自分がよそものであることを痛感させられる。
たしかに私はこの街の人間ではない。
しかし、私がこの街を代表するような伝統的な町家に
居を構えていると言ったら、
周囲の人たちはどう思うだろう。

目指す渡り鳥ハウスは
五条駅すぐそばの烏丸通から一本入った筋にある。
明治38年に建て直されたというこの京町家は、
江戸時代から基本的な構造が変わっていない。
建てられた当時、この一帯には
同じような長屋がいくつもあったというが、
今ではその周辺建物のほとんどが
ビルへと姿を変えてしまった。

通りに面した細いトンネルの路地を抜けると
玄関がある。

実はトンネルの扉は開閉できて、
上部には昔の表札のあとも見える。
5メートルほど続く路地は私道だが、
間違えて入ってくる人も多いというから、
人を惹きつけてやまない何かが
ここにはありそうだ。

私はこれから昔ながらの京都町家の奥に向かう。
玄関を開けると2階の窓から光がそっと差し込む。
部屋の向こうに見えるのは坪庭。
採光の意味合いもあるが、
その植栽は私たちの目に
季節感を楽しませてくれる。

弁柄とよばれる京町家特有の色合いに塗られた
梁や柱が見える。
手すりを使って2階にあがると、
そこにも広い和室が広がる。

以前、この部屋を借りていたのは
大学講師をしていた外国人男性だった。
丁寧にメンテナンスされた部屋の隅々を見れば、
この場所を通り過ぎていった彼もまた、
この町家を愛し、
ここの暮らしを楽しんでいたことがわかる。

この町家には京都の街で生きた人々の記憶が
刻み込まれているのだ。

豆知識1 鍵屋町とは

五条通から京都駅方面へ2筋目の鍵屋町通りは、東洞院通から新町通に通じるわずか400mほどの短い通りだ。子供が覚える「まるたけえびすにおしおいけ」から始まる通りの名前の覚え歌では「ちゃらちゃら」と歌われている。本願寺との対立により東本願寺が開かれたのが1603年。東本願寺建立ため各地から集められた大工や建設業者がこの一帯に居を構えたと言われるが、この地に鍵屋があったという資料はなく、正式な由来は不明とされる。

豆知識2 京町家の建築的特徴

商業地域内にある町家は「仕舞屋(しもたや)」と呼ばれた。お店はここでおしまいという意味だったのだろう。町家で使われている「畳」は東京と比べて大きく、柱と柱の一間分(約191cm×約96cm)の京間畳を基準として作られている。引っ越すときは畳と建具を一緒に次の家に持参した。どの家でも畳の規格は一緒であったし、畳は賃借人のものとされたからだ。窓の「格子」は防犯と採光を目的としていたが、次第に町家の特徴の一つとして欠かせないものとなる。そして、2階に多く見られる漆喰で塗り込められた「虫籠窓」は、防犯対策として広まったが、大戦中には多くの町家では安全のため窓を板で塞いでしまったという。「狭い入り口」は江戸時代の税金が家の間口の広さで決まっていた頃の名残だ。間口を狭くして奥行きを出すことで税金対策を講じたのだ。

家主様インタビュー
 “京都府・京都市下京区 渡り鳥ハウス 家主 田中様” 
京町家には長く
大切に使おうという
先人の知恵が
詰まっているんです

「町家」の定義はないが
「京町家」には一定の特徴がある。

田中様:私の先祖は「近江屋」という屋号を持つ、滋賀から来た大工でした。初代の近江屋吉兵衛という男は神社仏閣の建築や修繕をする宮大工で、祇園の開発も手がけたという記録が残っています。

祇園に「一力亭」という有名な料亭がありますが、あそこを近江屋が建てたとも言われていて、そのご縁で、「一力」からうちに嫁いだ人もいると聞いています。祇園界隈の仕事をたくさん請け負ったようです。

京都府・
京都市下京区
 渡り鳥ハウス
 家主 田中様

「町家」とは庶民のための建物のことです。実は町家の定義というものはないんです。建築の基準だって何もありませんし、通称でしかありません。

ただし、「京町家」には一定の特徴があります。大まかにいうと、建築の自由度が高い軸組構造の建物を指すようです。たとえばこの家は、10センチ四方の石の上に建てた柱と壁が構造体です。

2階の床板は梁で支えられ、2階の床がそのまま1階の天井になっています。つまり、この部屋の天井は2階の畳なんです。子供の頃は上階で騒ぐと、下にいる親からよう怒られたもんです。

京町家は200年くらいメンテナンスしながらずっと住むことができます。柱がダメになったら「根継ぎ」といって腐ったところだけ入れ替えて補修します。土壁がもろくなったら削り取って、左官屋さんが上塗りしてくれます。長く大切に使おうという先人の知恵が詰まっているんです。

京都大学名誉教授で建築家としても知られた西山卯三先生が書いた「日本のすまい」という本に、この家のことが載っています。この建物はそれくらい典型的な京町家ということです。

もしかすると、現在住まわれている家と比べたら、不便を感じるかもしれません。隣に人が住んでいるから多少は気を使ったりする必要もあるでしょう。

でも、ここでしか味わえない町家の雰囲気と、京都の街の風情と歴史を楽しんでいただきたい。うちは駅からも近いし移動も便利。周辺にはええとこがたくさんありますから。

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